
もう疲れた…
別に曲づくりに限った話ではないのですが、創作活動においてもうどうしようもなく疲弊してしまう瞬間ってありますよね
僕もその例外ではなく今まさに画像の女性状態だったので心も身体もパッパラパーです
このように心身ともに擦り切れてしまう原因はいろいろあるのですが、その中でも多いと考えられる「完璧主義」について今回は僕なりの意見を書きとめようと思います
目次
作曲はマジで疲れる
まず前提として作曲ってほんとに疲れます
音づくりしたりコード進行を考えたり全体の構成やミックス、マスタリングなどなど
1曲を完成させるのにこなす工程は多くそれを毎回ネタ切れしないようにやっていくわけですから頭パンクするのはある意味普通です
ここではあえて自分の土俵であるダンスミュージックについてのみ言及しますが、このての音楽というのは音のはやりや廃れが非常に早く常に最新の音を研究して自分の作品にアウトプットしていかないと時代に一瞬でおいていかれてしまいます
なので凄いスピードで動き続ける音楽シーンについていくだけでもそれなりに消耗します
そしてやっと納得のいく音や曲がつくれるようになった時にはその音やジャンルそのものが廃れていたりするので、そこで心が折れて愕然としてしまうことは珍しくない気がします
完璧主義というやっかいな現象
さて、ここからが今回の本題となりますが作曲をはじめとして何かしら創作活動をしている方々って完璧主義の人がわりと多いのではないかなという印象を受けます
活動をはじめたての全くの初心者の頃は全ての情報が新しく成長も早いのでただひたすら“楽しい”という感情が勝るのですが、ある程度慣れはじめてくると自分なりの作品に対するこだわりが強くなります
それは成長の証でもあり決して悪いことではないのですが時としてその“こだわり”というものが自分の首をしめることになる瞬間があります
こんなクオリティでは恥ずかしくてとても発表できない….
これがその代表的な言葉です
僕も未だによく遭遇します
以前の記事でも書きましたが作品とは発表しなければ何の価値も生みません
賞賛も批判ももらえません
完全に無です
僕はこの“無”という状況が創作活動をしていくなかで一番やばい状況だと思います
なぜかといいますとその作品を知っているのは自分しかいないからです
そして自分はその作品に対して満足がいってないので自分で自分の作品を批判してゴミ箱に捨てられていくのです
もしかしたらその作品は誰かの心を揺さぶるパワーがあったかもしれません
思った以上に賞賛してもらえたかもしれません
そして思った以上に批判をされたかもしれません
最後の批判については非常に苦しいですが、全世界の人が満場一致で賞賛する作品なんてこの世には存在しません
自分が追い求めてる人の作品だって必ずどこかで批判を受けているはずです
なので自分が完全に納得できる作品しか発表しないスタイルは僕はおすすめしません
というか自分が完璧と思える作品はあってはならないとすら思います
その感覚はその先の伸びしろに影響すると感じるからです
人は失敗によって成長の材料をみつけます
そしてその材料をうまくいかして過去の自分を超えていくものだと思います
よって自分を自分で完璧と思った瞬間にその人の成長がとまる確率は高いでしょう
恥ずかしい思いはたくさんしといたほうがいいです
他の人に作品を悪い意味で笑われる時期があってもいいです
それを糧してにして次の一歩を進めた人が僕は一番凄いと思いますし、きっとそれができる人はその他大勢が見たこともない景色を必ずみることができると思います
結論:作品はどんどん発表しよう
ボツをつくらないなんてことも無理な話ですがある種の妥協点は必要だと思います
納期までに作品を仕上げなければならないとしてそれまでに満足いく作品ができなかったとしたらそれは今の自分の能力として受け止めるしかありません
そしてその悔しさが次へ必ずいきます
なんだか説教っぽくなりましたが完璧主義に対する僕の考えはこんな感じです
今日書いたことがそれなりの説得力をもつことができるよう僕自身これからの活動にストイックに取り組んでいこうと思います
でも今日は疲れたから寝る!!w